知求塾

47歳、私は「クッピーラムネ」をずっと間違えていました。

2026年5月28日 | chikyujyuku

【前編】

47歳、私は「クッピーラムネ」をずっと間違えていました

― 人間は“見たいもの”しか見ていない ―

刈谷市&安城市&知立市のみなさんこんにちは!
(その他の地域の方もご訪問ありがとうございます)

東刈谷より、知求塾です。

今日は少し恥ずかしい話を書こうと思います。

私は47歳ですが、つい最近まで本気で、

「クッピーラムネ」

を、

「グッピーラムネ」

だと思っていました。

冗談ではありません。

本当にです。

きっかけは、生徒が着ていたTシャツでした。そこに大きく「クッピーラムネ」と書かれていて、

「へえ、最近はグッピーラムネじゃなくてクッピーラムネって言うんだ」

くらいに思っていました。

ところが調べると、昔からずっと「クッピーラムネ」だった。

つまり私は40年以上、堂々と間違えていたことになります。

全く恥ずかしい話です。

しかし、実はこれだけではありません。

もう一つあります。

知立や刈谷周辺に住む人なら一度は聞いたことがあると思う、

猿渡川(さわたりがわ)

私はこれを長年、

猿投川(さなげがわ)

だと思っていました。

しかも数年ではありません。

子どもの頃からなので、おそらく30年以上です。

社会人になってからも毎日のようにその川を渡っていた。

それでも疑わなかった。

もっと言えば、

「なんで豊田の猿投(さなげ)の川が知立まで流れているんだろう。不思議だね」

と本気で思っていました。

違和感はあった。

でも調べない。

確認しない。

そのまま生きる。

恐ろしいですが、人間というものは案外そんなものなのかもしれません。

人は“見たもの”ではなく、“思い込んだもの”を見ている

私は塾で生徒を見ていて思うことがあります。

人間は、

事実そのもの

よりも、

自分の中で出来上がった物語

を信じやすい。

例えば、

「自分は数学が苦手」

と言う中学生。

しかし実際には見ると、

・途中式を書いていない
・直しをしていない
・問題を読む姿勢が雑
・勉強時間が足りない

だけだったりします。

能力の問題ではなく、やり方や習慣の問題であることは珍しくありません。

でも本人は、

「数学が苦手な人間」

という物語を信じている。

するとその後の行動も、その物語に合わせてしまう。

人間は時々、

現実を見る前に結論を決めてしまいます。

そして後から、その結論に合う証拠を集め始める。

私のクッピーラムネもそうです。

猿渡川もそう。

「こうだろう」

と思った瞬間、脳が確認をやめてしまう。

脳は案外“手抜き”をしている

これは怠けているという意味ではありません。

むしろ逆です。

脳はエネルギー消費が大きい。

全部を毎回ゼロから考えていたら疲れてしまいます。

だから、

見たことがあるもの

以前聞いた情報

経験

推測

こうして補完して生きています。

つまり私たちは、

見ているようで見ていない

ことが多い。

道路標識も、

町の看板も、

人の話も、

かなり推測で補っています。

だから勘違いが起こる。

逆に言えば、

勘違いをすること自体は異常ではありません。

人間らしいと言えるかもしれません。

歴史は巨大な勘違いの連続でもある

これは私個人の話だけではありません。

歴史を見ても、人類は驚くほど勘違いしています。

有名なのは クリストファー・コロンブス。

西へ進めばアジアへ行けると考え、航海に出た。

そして結果として新大陸へ到達した。

ところが本人は、

「インド周辺へ着いた」

と考えていたと言われます。

発見した。

でも理解していなかった。

これが面白いところです。

見ることと、

理解することは違う。

現実が目の前にあっても、

人は自分の知識や常識を通してしか世界を見られません。

日本社会にも“空気”による思い込みはある

もう少し大きな話をすると、

社会全体も勘違いをします。

戦前の日本。

高度経済成長期。

バブル期。

そして現在。

時代ごとに、

「これが正しい」

「みんなそう言っている」

という空気が生まれます。

一度その空気ができると、

疑うことが難しくなる。

私は以前ブログでも書きましたが、日本は良くも悪くも“空気”を共有する力が強い国だと思っています。

その力は団結や秩序を生む一方、

極端さを生むこともある。

だからこそ、

少し立ち止まって疑うこと

は大切なのだと思います。

私はいまでも猿渡川を見るたび少し反省します

47歳になって感じることがあります。

年齢を重ねると経験が増える。

知識も増える。

でも同時に、

思い込みも増える。

「自分は知っている」

が増えていく。

これは少し怖い。

だから最近は、

知らないことを知ると案外うれしい。

間違いに気づくと少し恥ずかしいけれど、

どこか面白い。

まだ更新できる部分がある気がするからです。

猿渡川を見るたび、

クッピーラムネを見るたび、

私はたぶん思い出します。

「ああ、人間は本当によく勘違いする生き物なんだな」

と。