塾の先生が話すエピソードは、作り話なのか
こんにちは。
愛知県刈谷市にある総合学習塾・知求塾の坂口です。
先日、生徒から少し面白い質問をされました。
「先生が授業や面談で話しているエピソードって、作り話ですか?」
たしかに、私は授業や面談のなかで、これまでに出会った生徒の話や、過去に経験した出来事をよく話します。
話が出来すぎていたり、そのときの相談内容にぴったり合っていたりすると、
「本当にそんなことがあったのかな」
と思うのかもしれません。
今回は、この質問に少し真面目に答えてみます。
まったくの作り話はしません
まず、実際にはなかったことを、あったことのように話すことはありません。
頭の中だけで作った物語を、
「以前、こんな生徒がいました」
と事実のように話せば、それは作り話というより、嘘になってしまいます。
私は、そうした話し方は基本的にしません。
ただし、実際に経験した出来事を、そのまま一言一句、完全に再現しているとは限りません。
私は塾の仕事に携わって、25年になります。
その間、本当に多くの生徒や保護者の方と出会ってきました。
似たような悩みを抱えた生徒や、同じような失敗をした生徒、そこから立ち直った生徒もたくさんいます。
そうした複数の経験を組み合わせ、個人が特定されないようにしながら、分かりやすい一つの話として説明することはあります。
例えば、
「以前、宿題をまったくしなかった生徒がいました」
という話をするとします。
その話の中には、実際には何人かの生徒に起きた出来事が含まれているかもしれません。
しかし、話の中心にある失敗や変化、そこから得た教訓は、私が実際に経験してきたものです。
事実を伝えるために、複数の経験を整理して一つの話にする。
それはあります。
しかし、何もないところから、それらしい話を作っているわけではありません。
嘘をつくと、さらに嘘が必要になる
では、なぜ私は、できる限り嘘をつかないようにしているのでしょうか。
道徳的に「嘘は悪いことだから」という理由も、もちろんあります。
しかし、それ以上に、嘘をつくことは非常に効率が悪いからです。
一度嘘をつくと、その嘘を守らなければなりません。
誰に何を話したのか。
以前はどのように説明したのか。
今回の説明と矛盾していないか。
それらを覚え続ける必要があります。
そして、一つの嘘を隠すために、別の嘘をつくことになります。
その嘘を守るために、さらにもう一つ嘘を重ねる。
そうすると、だんだん本当の自分と、人に見せている自分との間に距離が生まれます。
本当の自分と、嘘の自分
本当の自分は、事実を知っています。
しかし、人前では別の自分を演じなければなりません。
この二つの自分を同時に維持するには、大きなエネルギーが必要です。
「本当のことを言ってしまわないようにしよう」
「話が矛盾しないようにしよう」
「自分が悪く見えないようにしよう」
そんなことに頭と心の力を使っていると、本来やるべきことに集中できなくなります。
勉強でも、仕事でも、スポーツでも同じです。
人間が使えるエネルギーには限りがあります。
自分を守るための嘘に多くの力を使えば、その分だけ、本来の力は発揮しにくくなります。
だから私は、嘘をつかない方が、人は強く生きられると思っています。
その場を丸く収める優しい嘘
もちろん、正直に話すことが、いつでも簡単なわけではありません。
本当のことを言えば、相手を傷つけることもあります。
自分が嫌われることもあります。
その場の空気が悪くなることもあるでしょう。
だから、相手を安心させるために、少し耳ざわりのよいことを言いたくなることがあります。
例えば、生徒がほとんど勉強していないにもかかわらず、
「大丈夫。きっと何とかなるよ」
と言えば、その場では安心してもらえるかもしれません。
しかし、本当は何ともならない可能性が高いのであれば、その言葉は、生徒の将来を助ける言葉ではありません。
その場では少し痛みがあっても、
「今のままでは厳しい」
「ここから行動を変えなければいけない」
と伝える方が、長い目で見れば本人のためになることがあります。
真実を伝えるには、技術が必要です
ただし、
「私は正直だから、何を言ってもよい」
ということではありません。
真実を伝えることと、相手を傷つけることは同じではありません。
同じ内容でも、言い方によって受け取り方は大きく変わります。
相手の人格を否定する必要はありません。
「あなたはダメだ」
ではなく、
「今のやり方では、望んでいる結果には届きにくい」
と伝える。
過去を責め続けるのではなく、
「では、ここから何を変えればよいか」
を一緒に考える。
真実をそのまま投げつけるのではなく、相手が受け止められる形にして渡す。
それが、教育に携わる人間に必要な技術だと思います。
面談で耳の痛い話をする理由
知求塾の面談では、必ずしも保護者の方や生徒が聞きたいことだけを話すわけではありません。
宿題ができていなければ、その事実をお伝えします。
授業中の姿勢に問題があれば、それもお話しします。
今の学習量では志望校に届かないと判断すれば、それも率直にお伝えします。
もちろん、できるようになったことや成長したところも、きちんとお伝えします。
しかし、よい部分だけを話して、
「順調です」
とその場を終わらせることは、誠実ではないと思っています。
面談は、その場を穏やかに終えるためだけにあるのではありません。
子どもがこれから成長するために、現在地を確認し、次に何をするかを考えるための時間です。
現在地が正しくなければ、目的地へ向かう計画も正しく立てられません。
嘘をつかないことは、自分を一つにすること
できる限り嘘をつかずに生きると、本当の自分と人前の自分を分ける必要がなくなります。
どこで誰と話していても、基本的には同じ自分でいられます。
もちろん、私は何でも正直に話せているわけではありません。
失敗することもありますし、自分をよく見せたくなることもあります。
それでも、できるだけ事実から離れないようにする。
間違えたときは、間違えたと認める。
分からないことは、分からないと言う。
できなかったことは、できなかったと認める。
その方が、自分の力を一つの方向に使うことができます。
嘘をつかないということは、単に「よい人になる」という話ではありません。
本当の自分と、見せかけの自分を分裂させず、自分自身を一つに保つための方法でもあります。
まとめ
授業や面談で私が話すエピソードは、まったくの想像で作った話ではありません。
24年間の塾講師としての経験から、似た出来事を整理し、分かりやすい形にしてお話しすることはあります。
しかし、実際にはなかったことを事実のように語ることはしません。
嘘は、その場を一時的に守ってくれることがあります。
しかし、その嘘を守るためには、さらに多くのエネルギーが必要になります。
その場では少し耳が痛くても、できる限り真実を伝える。
そして、その真実を相手が前向きに受け止められる言葉にする。
それが、教育に携わる者として大切にしたい姿勢です。

