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塾長経歴 詳しいプロフィール

11月 22, 2018 | sakaguchi

こんにちは、知求塾ブログへようこそ!

今日の記事は、「HPに載せきれない塾長・坂口先生のプロフィール」を書いていきますね!

昔、企業塾に勤めていたとき、このお話、いつも好評だったんです。

全部本当のお話です。

では、早速行きましょう!!

 

 

塾長 

坂口嘉一 

細かすぎるプロフィール(笑笑)

 

 

1979年

愛知県豊田市生まれ

生意気で口の達者な子どもだったため、学校の先生にしょっちゅうひっぱたかれながら育つ。

*昭和生まれの方はわかると思うのですが、昭和の学校は本当によく生徒を叩いてましたね。。。そういうことの効果は全くないと経験から断言できるので、僕は体罰には一貫して反対しています。

 

 

小学5年

サッカー部に入部。下手くそだったので「チームのために僕ができることは玉拾いしかない」と考え、一生懸命玉拾いしていたら、顧問の伊藤先生が「坂口はチームのために尽くせる努力家だ」と激賞。レギュラーチームに抜擢され、

「努力すれば誰か見てくれている」

ということを知る。

 

 

中学2年

数学についていけなくなる。連立方程式の文章問題に大苦戦。中学3年の図形問題も苦手のまま改善できず。

この経験から、

塾講師になった後、特に数学はすごく丁寧に教えることができるようになっ

 

 

高校1年

一番近かったから、という理由で県立豊田南高校に進学。

気が抜けて、全く勉強しないまま、一年が過ぎる。

 

 

高校2年

テストの学年順位が389/400位になる。クラス順位39/40位。あまりにひどい成績に、夏休みに一念発起。

受験まで後1年半ということもあり、ここからはしっかり予習・復習もするようになる。勉強を始めたら、2週間で目が悪くなった(笑)。それ以来20年以上、メガネ生活を続けている。

目標は高く!ということで、模試の志望校に「北海道大学・筑波大学」と書いて進路指導の先生を唖然とさせる(僕が通っていた高校で389番だと、大学と名のつくところはどこにも合格できない、という状態からのスタートだった)。

 

 

高校3年

自分なりに勉強のやり方を工夫して、

圧倒的な勉強量を確保し、

適度な睡眠をとって、

 

すごした結果、最終的には最高で学年3位になった。目標の大学を受けることはできなかったけれど、無事に国立金沢大に合格。石川県金沢市に引っ越して新生活を始める。

 

 

大学1年

せっかく入った大学だったのだが、次の目標が見つからなくて生活が宙ぶらりんになる。学校に通っている時間よりバイトに行ったり、自分の好きな本を読んだり、自動車学校に通っている時間のほうが長かった。

そのころ、祖母の認知症発症を機に、社会福祉という学問への興味が出てくる。

*社会福祉という学問は、当時は高齢者福祉、障害者福祉、児童福祉、公的扶助、その他、の分類でした。僕が興味を持ったのは高齢者福祉と、その他「在日外国人支援」という分野でした。

 

 

大学3年

思い切って大学を転校する(こういうことをやる人はあまりいないと思います)。

在日外国人支援のゼミに入り、日本語を教える支援を通じて、「授業」に出会う。

最初の1コマで、

「これは、自分が一生かけて極めないといけない大切な何かがある」

と確信。毎回の授業に夢中になる。

 

 

社会人時代

大手有名塾に就職。凄まじい労働環境だった(お察しくださいw)が、仕事は楽しかった。

小・中学生相手の授業はなかなか慣れることができずに苦戦の連続だったが、それも良い思い出。順調に経験を積む。

 

 

社会人時代~その2~

①西三河地域  某校舎長に就任。

2年間で生徒数を3倍に伸ばす活躍。これまでの学習経験から、「やり方を変えれば、結果も変わる」ということはわかっていたので、そのメソッドを伝えることがうまくできた結果だったと思う。内申点は8~10アップする子が多かった。

 

②西三河地域  某校舎長(別校舎)を兼任。

ほとんど休みがなかったのはしんどかったが、仕事はすごく楽しかった。睡眠時間さえ確保できれば、もっとずっとやっていたかった。

生徒がサプライズで僕の誕生日を祝ってくれたときは思わず涙がこぼれた。

 

③東三河地域 校舎管理責任者を兼任。

西三河から離れることが不安だったが、杞憂に終わった。現地の校舎長と良いタッグを組むことができたと思う。

このころから、「今の会社にずっといてよいのかな・・・」と悩むようになる。もっと新しいチャレンジがしたくなっていた

 

 

社会人時代~その3~

スカウトを受けて、有名地域塾に思い切って転職する。すべてが新しい挑戦・・・!!!と期待に胸を膨らませていたが、このころ急速に体調が悪化する。残念ながら退職するしかなかった。

*最初の会社の方とも、次の会社の方とも、実は今でも懇意にさせていただいています。ありがといことです。

 

社会人時代~その4~

その後、思い切ってアジアを放浪する長期の旅に出たり、大手個別指導塾で生徒の指導に当たるなどして数年を過ごす。特別養護老人ホームでの勤務も経験。

2018年に結婚し、新生活が始まるのを機に、

「理想の学習塾とは何か?」

と考え続けてきたことを形にしようと思い、

総合学習塾

知求塾

を創立する。

 

以上です。いかがでしたでしょうか?

僕は学校の勉強ということに関しては上記のとおり、(自分に責任があるとはいえ)大苦戦してきた人間で、「出来ない・・・」ということに悩む気持ちは良くわかるつもりです。

今より「少しずつ、一歩一歩良くなっていきたい」という気持ちを持つ子にとって、知求塾はすばらしい塾になりうると思います。

最初は緊張するかと思いますが、ぜひお気軽にお問い合わせください!

それでは、今日はここまで。

また次回!!!